倉橋由美子先生の死を悼む

6月4日付けの東京新聞に、倉橋先生のことをしゃべらせて頂きました。
当然その少し以前に、取材の旨お話し頂いた訳ですが、内容としては、2000年のことですし、
今思えば「何故今?」なのですが、昨日新聞紙面にて先生のご逝去を存じあげ、
身震いする程の衝撃を受けました。

昨日一日は、日常の生活の瞬間にも、フト立ち止まり、「死」という現実を受け入れようにも、
受け入れ難く、涙する思いでした。

とにかく大好きでした。理屈抜きに敬愛しておりました。
高校生の時に「聖少女」と出会い、痺れるような感動を覚え、以後気になって仕方のない
作家さんでした。後年、弟が先生のご主人の熊谷先生とお仕事をご一緒させて頂いたご縁で、
私が熱烈なファンであることを伝えることができ、それ以降、素晴らしいお付き合いをさせて
頂きました。
先生のご病気についても勿論存じ上げておりましたし、ご心中お察しいたしておりましたが、
「死」については全く、思い及ばぬことでございました。

余りにあまりに早い旅立ちでいらっしゃいました。

ずぼらな私が何故、思い立って本の整理をしたのでしょうか。貧しい本棚ではありますが
前面に倉橋作品が並ぶ様子は、ちょっと見事です。しかもそのほとんどが、先生からお贈り
頂いた、サイン入りのものです。
先生のお作は直接脳に響いてくる詩であり、音楽であり、私を夢の別世界に連れて行って
くれる、まさに宝なのです。またその想いをこめた記事が何故今、新聞に取り上げて頂いた
のでしょうか。その取材にあたり、画家の杉山先生とも久しぶりに語らい、7月1日から
催される杉山先生の個展でも、ご一緒のお仕事させて頂いた作品のVTRを会場に流しましょうね・・
と語ったばかりでした。2000年の初頭、先生のお作に想を頂き、舞踊化させて頂きまして、
その折、国立劇場の楽屋にわざわざお尋ね頂いたお姿が、お目にかからせて頂いた最後となり
ました。お嬢様がコーディネイトして下さったという、素敵なごファッションでした。
昨日は、先生との思い出の場面がフラッシュバックして、その数々があまりに煌いていて
涙をこらえる時を過ごしました。先生のお作の中で「イモタル人間」という、死なないキャラクター
があるのですが、どんなにかそれを願ったことでしょう。私にとって現存する魅力と魔力を併せ持った
芸術家の死を、どう受け止めてよいのか、ただただ戸惑うばかりの私です。

参考

夢ステージ ジャンルを超えて(西川瑞扇) : 東京新聞 名流 (2005年6月4日)

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